【初めての喪主体験】(3) 葬儀の流れ

葬儀の流れというと、通夜を行い、翌日に葬儀・告別式、そして火葬場に行って荼毘に付す、という流れを思い浮かべる人が多いかもしれません。

しかし、実家がある地元の葬儀は、通夜の前に火葬を済ませます。これは「骨葬」や「前火葬」と呼ばれるそうですが、地元ではそれが普通なので、わざわざそんな呼び方はしません。

調べてみると、日本国内の仏式葬儀の流れは、地域によって次の3つに大別できるようです。

① 臨終→納棺→通夜→葬儀・告別式→火葬(後火葬の地域)
② 臨終→納棺→通夜→火葬→葬儀・告別式(骨葬: 通夜の後に火葬する地域)
③ 臨終→納棺→火葬→通夜→葬儀・告別式(骨葬: 通夜の前に火葬する地域)

同じ骨葬でも通夜の前に火葬を行う地域もあれば、通夜の後に行う地域もありますが、地元の葬儀は③の「臨終→納棺→火葬→通夜→葬儀・告別式」という流れです。




父の葬儀の流れ

父の葬儀の具体的な流れは下記のとおりでした。

【1日目】臨終→遺体安置(自宅)

1)臨終
父が死亡したのは朝の6時台でした。

すぐに葬儀社に電話をして遺体の搬送を依頼(葬儀社は、2日前の危篤時に決めて連絡しておきました)。

葬儀社の到着を待つ間、一緒に最期を見届けた母と従兄弟と手分けして、親族に連絡し、病室内の父の私物をまとめ、病院から死亡診断書を受領。

*自宅や施設など病院以外で亡くなった場合でも、医師による確認が必要になるとのことです。医師に死亡診断書を書いてもらわないと、死亡届の提出や火葬許可証がもらえません。病院や施設は職員がやってくれるので問題ありませんが、自宅で死亡した場合は遺族側で医者を手配する必要があります。

2)自宅に遺体搬送
葬儀社の搬送車が到着後、遺体を病院から自宅に搬送。

搬送車には死亡診断書を所持した人が同乗しないといけないと言われました。万が一搬送車が事故に遭ったり、警察に呼び止められたりしたときに、事件性のない遺体であることを証明できるようにするためだそうです。

そのため、搬送車には母が同乗し、私はマイカーで実家まで先導し、個別に車で来ていた従兄弟には先に実家に帰って待機してもらいました。

3)遺体安置
和室に布団(家にあるもの)を敷いて寝かせ、枕元に枕飾り(香炉、花、水、鈴などからなる)と呼ばれるものが置かれました。

この時点で親しい付き合いのあるご近所さんに連絡。その後、親族も集まり出しました。

4)葬儀社と打ち合わせ
葬儀場所、葬儀のスタイル・規模、日程、その他諸々を打ち合わせ。この時点で自宅葬を最終決定。

細部の打ち合わせでは葬儀社の担当者からあれこれ選択をせまられるのですが、これが一番大変かつ時間がかりました。本当に必要なものなのか、どの位の価格帯が適当なのかがまったく分からないので、近所の人に助言を求めながら、迷っている時間がないので疑問が残りながらも即決した感じです。

早急にやらなければいけないこと

①葬儀のスタイル・規模を決める
②菩提寺への連絡(→葬儀社が手配)
③火葬場の予約(→葬儀社が手配)
④役所に死亡届を提出し、火葬許可証をもらう(→親戚が代行)
⑤遺影写真の選定

参列する人数によって会場の規模や発注する食事の数が変わるため、「誰を葬儀に呼ぶか」を最初に決めなくてはいけません。近所の人や友人・知人、職場関係の人まで広く参列してもらうのか、遺族・親族だけで執り行うのか、といった具合に葬儀のスタイルを決め、人数を見込みます。

また、お坊さんと火葬場の予約が取れないと日程が決まらないので、①~④は早急に手配が必要です。

父の葬儀では、自宅で小規模にやることにし、役所へは親戚に行ってもらい、菩提寺への連絡と火葬場の予約は葬儀社がやってくれました。

遺影用の写真も早急に葬儀社に渡す必要があります。プリント写真よりもデータ保存した写真の方が仕上がりがベターです。写真を準備していないと慌てることになるので、事前にお気に入り写真を用意しておくことをおすすめします。

その他の主な打ち合わせ事項

・香典返しの内容と数(残ったら返品可能)
・葬儀・告別式に出席する人数と名前
・会食(精進落とし)・引き出物の内容と数
・まかない食の内容と数
・祭壇の有無と内容
・マイクロバスの有無
・献花・供物等の有無と数
・新聞のお悔やみ欄への掲載の要否

【2日目】納棺

1)納棺の儀
午後に、納棺師がやって来て、納棺の儀を行いました。
この儀式に参加するのは初めてのことでした。

納棺師が故人の身体を拭いたり、ひげを剃ったりして清めた後、死に装束を着せて旅支度をするのですが、その過程を一部親族が手伝います。納棺師に指示してもらいながら、足や手に着せる足袋や手袋のようなもののひもを結んだりしました。

身支度が整ったら、遺体を棺に納め、故人の愛用品(燃えやすいもの)とスーツを一緒に納めました。

納棺師は女性だったのですが、体を左右に向きを変えたり背中に手を入れたりしながら体を清め、死に装束を着せる作業をほとんど一人でやるのですが、父は体が大きかったので大変だったことでしょう。顔には汗がしたたっていましたから。

【3日目】火葬→通夜

1)火葬
午前中に霊柩車とマイクロバスで火葬場に移動し、火葬場の受付で火葬許可証と火葬料を支払い(火葬許可証は火葬後、埋葬許可証になります。)

準備が整ったら、お坊さんがお経をあげ、焼香した後、棺を炉に入れて火葬。

火葬が終了するまでの間、参列者は持参したスナック類や飲み物を摂りながら待合室で待機。

火葬終了後、参列者全員で骨上げ。箸とお盆を手に少しずつ骨を拾い骨箱に入れ、次の人に回すことを繰り返しながら、すべての骨を拾って骨箱に収めました。

骨上げ後は、骨箱をもって帰宅。帰宅すると祭壇や供花、供物が設置されていました。

2)通夜
同日の午後6時から通夜でした(司会進行は葬儀社)。

地元では一般の会葬者は通夜に参列します。

受付で参列者から香典を受けとり、香典返しを手渡し。

通夜の儀式は、参列者焼香→お坊さんの読経・法話→弔電紹介→喪主の挨拶で終了。

地元の自治会では、何年か前に通夜振る舞いをなくしたそうなので、通夜後の飲み食いはありませんでした。通夜の儀式自体はあっというまに終わった感じです。

通夜の夜は、何人かが遺体のある部屋で眠り、線香やロウソクを絶やさないようにしないといけないそうですが、私は疲れきっていたので自分のベッドで休ませてもらいました。

【4日目】葬儀・告別式→取越法要→(納骨)→会食

1)葬儀・告別式
最終日は、11時から葬儀・告別式でした(司会進行は葬儀社)。

出席者は近親者(遺族、親族、故人の親友、近しいご近所)大人18名+子供2人でした。

式次第に書かれていた「葬儀・告別式」という表記。よく目にしますが、この区別は何なのか前々から疑問に思っていました。

厳密には、「葬儀式」は宗教的な儀式(僧侶の読経)であり、「告別式」は一人一人が故人に最後の別れを告げる儀式(弔辞、弔電、焼香、喪主挨拶など)として分かれていたそうですが、現在では「葬儀・告別式」として同時に行われることが多くなっているそうです。

全体が一連の流れになっていて、ここまでが葬儀式、ここからが告別式と意識することなく進むので、区別して考える必要はないということです。

2)取越法要
地元では、告別式の後に続けて、便宜的に百か日までの法要を繰り上げてやってしまいます。遺族によっては、本来の法要を行う日に改めて菩提寺や自宅でお経を上げて供養する場合もあります。

3)(納骨)
取越法要の後に通常は、お坊さんと親族は遺骨を持って墓地に埋葬しに行くのですが、父の葬儀は3月で、墓地に雪が残っていて入れなかったので、納骨は忌明けの四十九日にやることにしました。

3)会食
最後は、「精進落とし」または「お斎(とき)」と呼ばれる会食でした。

たいていお坊さんは早めに退席するので、お礼を述べてお見送り。

この会食のお膳の中身に驚かされました。一人一人のお膳が大・小の組み合わせになっていて、品数豊富な上、アワビのステーキを陶板で焼いて熱々を食べられるようになっていました。

葬式でこんな豪華な食事していいの?! と面食らった私。都市部から参列する人は驚くかもしれません。

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以上が父の葬儀の流れでした。

葬儀社との打ち合わせ後は、葬儀社に任せておけば、あっという間にいろんなものが設営され準備されていきます。

一番疲れたのは、火葬と通夜があった3日目でしょうか。イベントが2つの上に、通夜には親族以外の参列者も集まったので、対応しないといけない人が増えると気疲れもそれに比例します。

他にも、私の不手際でまかない食が足りなくなったり多すぎたり、お坊さんを迎えに行った車が雪道の坂道を上れなくなって通夜の開始が危ぶまれたり、葬儀後の会食に缶ビールを出したら、こういう席では瓶ビールだろう! と怒られたり・・・などなど、気疲れすることは多々ありながらも、予定どおり葬儀は流れていきました。

⇒「【初めての喪主体験】(4) 地元特有の葬式の流儀」につづく